「高いなぁ‥‥。」
そう思ったのは、たった300円のお菓子でした。
子ども3人、一馬力。 生活できてはいるけど、余裕はない。 なんとなく不安はあるのに、何も変えられていない。
これ、少し前の僕です。
それまでの僕は、お金のことをどこかで「なんとかなるだろう」と考えていました。
特別贅沢しているわけでもない。 でも、しっかり管理しているわけでもない。
そんな、どこにでもあるような家庭です。
でもこの日、僕は初めて、 「このままじゃいけないかもしれない」と感じました。
物価が上がっていることは、なんとなく知っていました。 不安も感じていました。
でも、何もしていませんでした。 毎日の仕事と子育てで、それどころじゃないと思っていたんです。
決して高いわけではないけど、そこそこのお給料はもらえている。 余裕はなくても生活はしていけるし、自分たちの親世代だって、なんとかなってきた。
だから、まあ大丈夫だろう、と。
子どもがお菓子を欲しがったら、「1個ずつだよ」と言いながら、何も考えずに買ってあげられる。
これが普通だと思っていたんです。
ところが、ある年の11月。 奥さんからこう言われました。
「家の貯金が、あと15万しかないの。」
その瞬間、首から背中にかけて、一気に冷え込む感覚がありました。
確かに最近は、子どもがずっと行きたがってた旅行にも行った。 でも普段は無駄遣いなんてしてないはず。
え、じゃあなんで?
いくら考えても、答えは分かりませんでした。
それでも僕は、こう言いました。
「いや、来月はボーナスも出るし、また給料も入るから大丈夫だよ」
根拠もなくそう言って、僕はまた「なんとかなる」で目を背けたのです。
今思えば、それは現実と向き合わないための言葉だったのかもしれません。
それから数日後。
奥さんから頼まれて、上の子2人とドラッグストアに出かけました。
いつも通りに店内を回って、自然とお菓子コーナーへ。 そこで子どもにお菓子をねだられて、いつも通りに「1個ずつだよー」と答えました。
子どもが持ってきたのは、マーブルチョコとピュレグミでした。
下の子は「もう食べていい?」と聞いてきます。
すると上の子が、
「まだピッ(レジの音)してないからダメだよー。」
と、ちょっと得意げに言いました。
それを聞いた下の子は「えー!」と少し怒り気味。 そのまま兄弟げんかになりそうな空気になりました。
そんな、よくあるドラッグストアでの一場面。
でもそのとき、僕は値段を頭の中で計算して、こう思ったんです。
「高いなぁ‥‥。」
この時、僕はハッとしました。
いつもなら何とも思わない300円のお菓子を買うのに、一瞬、でも確かにためらったのです。
そこからは、自分への悔しさ、情けなさから、何とも言えないモヤモヤした気持ちになりました。
300円のお菓子に、大の大人がここまで動揺するとは思っていませんでした。
帰って手を洗い、嬉しそうにお菓子を食べる子ども達を見ながら、ずっと目を背けてきたことが、頭から離れなくなったのです。
何が原因かも分からないけど、貯金は確かに減ってきている。
今はお菓子を買ってあげられている。 でも、このまま値上がりが続いたら、一体どうなるんだろう。
この子達の教育費は。 自分達の老後は。
きっともっと値上がりするだろうに、自分は奥さんを、この子達を支えきれるのか。
この不安をなくすために、やらなければならないこと。
僕にとってそれは、真剣にお金と向き合うことでした。
この日を境に、僕は「なんとかなる」をやめました。
派手な方法は知りません。 でも、目を背けずに整えていくことはできる。
お金と向き合うことを通して、家族の将来を、そして僕自身の人生と向き合い、再構築する。
あの日、300円のお菓子の前で立ち止まったところから、我が家の再構築が始まりました。
最初に見直したのは、毎月の固定費でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次は、はじめての一歩を踏み出したお話です。
▼ 次の記事 動けなかった僕の最初の一歩 ー携帯キャリアを変えた話ー


コメント