睡眠を見直して。 朝活を始めて。 読書を取り入れて。 運動も、少しだけ続けて。
そんなふうに、少しずつ生活を整えてきました。
ある朝、ふと考えたことがあります。
そもそも僕が目指している「理想の1日」って、どんな1日なんだろう。
書き出してみた「理想の1日」
一度、紙に書き出してみました。
朝は少し早く起きて、静かな部屋で読書。 軽く体を動かして、余裕をもって出勤。 仕事は集中して、時間内に終わらせる。 帰ったら、子どもたちとゆっくり過ごす。 夜は無理せず、早めに寝る。
書きながら、いい1日だな、と思いました。
整っていて、余裕がある。 こういう毎日を送れたら、たぶん気持ちも穏やかなんだろうな、と。
でも同時に、少し引っかかるものがありました。
現実の1日
実際のところはどうかというと。
朝、起きられない日があります。 起きても、頭が働かなくて、読書どころじゃない日もあります。
「今日はいいか」
運動を、そう言って飛ばす日もあります。
仕事が長引いて、帰りが遅くなる日もあります。 帰れば帰ったで、子どもがなかなか寝ません。
理想通りにいく日の方が、正直、少ないです。
その理想は、誰の理想だったんだろう
しばらくのあいだ、僕はできない自分の方に問題があると思っていました。
意志が弱いんだろうな、と。
でも、書き出した紙をもう一度眺めていて、気づいたことがあります。
あの「理想の1日」。 あれは、どこかで読んだ誰かの1日でした。
本で読んだ、朝の時間を大事にしている人の話。 SNSで見た、静かな部屋で本を開いている写真。
そういうものを、いつのまにか自分の理想として置いていたんだと思います。
でも、その人の家に、子どもは3人いたでしょうか。
我が家の形に合わせて、書き直した
考えてみれば、当たり前のことでした。
子どもが3人いる家の朝に、静かな読書の時間はありません。 誰かが起きてきて、誰かが何かをこぼします。
そこに「静かな部屋で読書」を置いても、そりゃ無理だよな、と。
なので、理想の方を書き直しました。
読書は、10分でいい。 運動は、できた日だけでいい。 子どもと過ごす時間は、長さより機嫌を優先する。
理想を下げた、というより。 自分の家の形に合わせた、という感覚に近いです。
崩れても、戻れるようになった
書き直してから、もうひとつ変わったことがあります。
以前は、一度崩れるとそのままやめていました。 三日坊主で終わって、そのまま忘れる。
今は、崩れても戻れるようになりました。
できなかった日の翌日に、また10分だけやる。 それだけのことですが、これができるようになったのは、自分の中では大きい変化です。
理想を自分の生活に合わせて作り直したから、戻りやすくなったんだと思います。
戻る場所が、遠くないので。
まとめ
理想の1日と、現実の1日。
その差は、まだあります。 たぶん、これからもあり続けます。
でも、理想の方を自分の生活に合わせて書き直したら、少しだけ近づきました。
近づいた、というより。 近づけた、の方が正しいかもしれません。

理想って、どこかから借りてくるものだと思ってたけど。
自分で作っていいものなんだね。
今日も一つ、整えていこう。
次回は、「整える」ってそもそもどういうことなのか、 ここまでを振り返って考えてみたいと思います。
お楽しみに!











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